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活動報告

例会レポート

  • 政経倶楽部第29回例会レポート  平成19年5月18日(金)於・ルポール麹町
代表幹事挨拶・寒竹郁夫氏(デンタル・サポート株式会社代表取締役))

 政経倶楽部3周年記念、『今、民主党の若手議員は何を考えているのか』の出版記念パーティが6月8日にある。取材も入ることでもあり、200人近い人を集めたいと思う。ご協力お願いします。

講演 野田佳彦氏(衆議院議員)

 地方選挙もあったので久々の出席になる。この政経倶楽部のメンバーの島田さんが船橋の市議に当選されたのでご紹介したい。 国会は残り1ヶ月ということで、重要法案の審議に入っている。私は教育三法の筆頭理事をしているが、安倍さんとは方向性、着眼点はいっしょのところもあるが、各論に入ると違うということを強く感じている。 国際政治家、故・高坂正尭氏は、名著『国際政治』の中で、国家の要件として、力の体系、利益の体系、価値の体系の3つをあげている。 明治維新の富国強兵では力の体系、利益の体系を作っていこうとした。昭和に入ってから力の体系が勝ちすぎて問題があったが、敗戦後、利益の体系を構築したおかげで、経済大国にはなったが、一方、規範意識のなさや拝金主義がまかり通るなど問題点も噴出している。21世紀は価値の体系をどうやってこの国で作っていくかが求められる。

 安倍さんもその着眼点で憲法や教育に力を入れているのだが、問題はその方法論にある。教育再生会議の議論も非常に中身が薄い。また、頓挫しつつあるが、道徳を教科にする動きがあった。教科にするということは評価点をつけることであり、たとえば、思いやりとか優しさ、礼儀正しさなどは数字で表せないもので、これを数値化しようとするところに矛盾がある。 価値の体系は作るべきことだが、安倍さんの始めようとしていることはまったく逆効果であることを、参議院選挙に向けて、その違いを出していきたい。

講演・石関貴史氏 (衆議院議員)
『官僚・地方議員と国会議員』

 私は、群馬県伊勢崎市で生まれ育った。早くに両親が離婚したので祖父母に育てられたが、そこは映画「ALWAYS三丁目の夕日」の鈴木オートのような自動車修理工場で、いつもいろいろな人が出入りする環境だった。そのような環境で育ったためか、将来は、人に接する仕事がしたいと思い、政治家を志した。どうしたら政治家になれるか、を地元政治家事務所にたずね聞いていくうちに、小渕事務所にいた母校、早稲田出身の人からのアドバイスで、政策や法律を勉強するためにまずは官僚になるのがよいと言われ、郵政省に入った。 郵政省では5年目の係長時代に放送法の改正チームで法改正の勉強もできた。 官僚というのは、法改正のときは夜も帰れず、土日もないのが当たり前の生活で、また、国会待機時には拘束時間も長く過酷な仕事だ。官僚はきわめてまじめに仕事をするので、政治家が方向性をしっかりと決めてやらなければならない。それができる政治家に、党としても自分としてもならなくてはいけない。

 私は、放送行政局の係長時代という恵まれたポストのときに市議会選挙に出るために辞め、無所属で当選、二期目は市議会に出ず、県議にチャレンジし、無所属で当選した。当時は、群馬の自民党は、福田と中曽根の2大派閥があり、どちらかに所属することになった。将来どうなるかもわからないので、自民党県議団には入らず、無所属で2年半県議をやった。福田派の会合には呼ばれるので末席で出ていたが、福田派と中曽根派の確執の現実を勉強できた。その後、縁あって民主党に入り、夏の総選挙で当選した。...

講演・安並潤氏(井関産業株式会社代表取締役)
『私の人生目標』

1.これまでの経歴と経営者としての目標
 大学卒業後都市銀行就職 夢を描いた就職
 私は出身は愛媛県で、早く瀬戸内海を渡りたいと大分大学に進学し、卒業後は三井銀行に入社し、日本橋本町支店に配属された。銀行のイメージは世界にはばたくビジネスマンだったが、仕事は自転車に乗って中小企業や個人商店に預金集めに駆けずり回ることだった。また当時バブルに差し掛かるころだったので、地価もどんどんあがる時期で、個人商店の70歳の店主に相続対策として融資をすすめマンションを建てさせたり、と一生懸命やったが、理想との違いを感じて3年で辞めた。

 現在の井関産業への転職 大手銀行から中小企業へ
 銀行時代、取引先で知り合い交際中の女性(のちに妻となる)に会社を辞める話をしたところ、実家の父親の会社で営業を探しているということで、中小企業に転職の気持ちは毛頭なかったが会ってみたところ、創業者のカリスマ性に惹かれて入社。その年に結婚。銀行時代は何億円という稟議書を書いていたが、何十円何百円の世界に入り、システムもなく手書きという世界に不安もあったが、仕事のすべてにかかわれる中小企業の魅力を勉強できた。

 平成16年代表就任とその後の苦労? 事業承継の体験(実務と相続)
 平成16年に代表就任したが、当時は、取締役会長と取締役社長がいて、社員は会長を頼りにするのは当たり前で、自分の力のなさに悩んだこともあった。 事業継承するには株の相続をしなくてはならないが、井関産業が好調だったゆえに評価が高く、利益繰り延べをして評価を下げたり等して、ようやく今は過半数を持つことができた。事業継承には実務に非常にエネルギーがいる。 社長になった翌年には専務取締役と喧嘩別れし営業5名を失い売り上げ4億減となったが、欠員補助で入った社員に恵まれ、現在に至っている。

 今後の経営者としての目標とビジョン 分社経営と50億円企業へ
 現在年商30億だが5年以内に50億円にし、3事業部を会社にし、社員に社長職を経験させたい。...

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